植物

休みの日。なんとなくごそごそと掛香を掛ける台のあたりで、香木の香りがして、そうだ、あれを出してみようかな、と思いだして、数か月前だと思うのだけれど買ったまま、しまいっぱなしだった練香を出してみる。

出してみて、箱に貼ってある銘を見る。いい銘だなと思う。香も焚く前にする香がとてもすっきりしていて好み。いい香りだなあとかけてある紙の上からくんくん。そういう楽しみ方をするのではないのだけれど。

香炉は電子香炉を愛用している。以前は炭をおこしていたけれど、とても難しいので、すぐに電子香炉へ変更。習ったわけではなく、我流で、そもそも香りが好きだから楽しんでいたもの。電子香炉が出たのを知って、すぐに「それはいい」と飛びついて使い始めた。火の心配をしなくて済むから安心感もあり。でも炭の香りも捨てがたいなとも思う。炭の香りが好き。

だから、焚く前の練香の香りも好き。炭で練ってあるものだから。

それより前に。シリア・ウクライナ支援で販売された掛香が、香りが強すぎて、開けてから少し放置してあったものがあったので取り出してみる。ちょうど香が薄まってよい雰囲気になってきたので、掛香の台にかける。ふー。これでよし。

香の袋に入っているのは植物が多い。こんないろいろな香りを植物が出すのかと不思議になる。自分で香木など材料をまぜて香りを作ったりすることもたまにあるけれど、こうして用意されたものを掛けておくのも好きだ。

一昨日あたりから「着物のあとさき」という青木玉さんの本を読んでいる。幸田露伴の孫、幸田文の娘。受け継いだ着物の話。着物の形で、あるいは反物の形で受けついた布たちをそのまま、あるいは色を抜き、色をかけ、しみを抜き、解き、縫い合わせ、時には色を足して、再びぴったりの着物に仕立ててゆく。こんな風にしまつしてもらえなんて、幸せな布たちだな。と思いながら読む。それにしてもうらやましい。ところどころ掲載されている写真もとても美しい。対応してもらえる店があり、きちっと対応できる人へのつてがあり、またまとも以上に応対してもらえる立場ありでのことだなと思う。

本の中には玉さんの娘さんの写真も出てくる。親子三代、似ているなとも思うけれど、雰囲気がまるで違って面白い。そういえば、婦人雑誌などでこの文さんからすると孫にあたる、この玉さんの娘さんという人も文章を書いているのを読んだことがある。四代目まで筆でというのは驚きだなとその時思いました。と思うのだけれど、そうでもないんでしょうか。そうでもないんですね。たぶん。文章を読んでそう思ったのだけれど。

とにかく本は着物の始末の話なので、糸や布、その種類の話が出てきました。読んでいて、そういえば、綿も植物の花、紙で衣を作るという話では紙も楮などの植物繊維だなと。麻も植物、絹は蚕が吐いた糸だけれど、蚕の食べ物は桑だし。と植物の偉大さを感じる。植物なしでは私たちは生きていけないのだ。肉ももとは植物だし。

そうそう、以前テレビで藤から布を織るというのを見たことがある。藤を山から切ってきて、そこから繊維を取り出して織るという。

藤といえば。藤は枝がとても固く、土に入ってしまえば手ごわい相手なのだそうで、山の手入れをする人は見つけると、つるをばっさりと切ってしまうのだそうだ。そういう手入れをする人がいなくなった山は藤が目立つようになるらしい。美しくて好きな藤だけれど、あまり増えるのはいいものともいえないのだそうだ。

藤を食べる蝶といえば、シジミチョウのいくつかの種類で、これなら食べものとして育てても感じがいい植物だから、ぜひ食草として育ててみたいなあと思ったことがあります。でも、藤がいまだに手に入らないので野望のまま。