台風がいってしまった後。雨がやんでこれから暖かくなるという前に、買い物へ。近所の川はそれなりに水かさが増しているけれど、それほどでもない。中洲に生えている高い丈の草がすべてなぎ倒されているから、夜のうちにもっと水かさがあり、流れが強いときがあったのだろうと思う。

歩いていると、鴨が一羽、中州に立っていて水の流れをぼんやり見ているような様子。少し途方に暮れたような、疲れたような表情だ。もっと進んでいくともう一羽。こちらは岸のほうの整備された階段みたいになっているところに立って、やはり川の流れを見ているような。お疲れ様。昨日は大変だったね。

スーパーに行くと買い物客も少なく、台風がまだ行ってしまうかわからなかった昨日のうちに今日の分の買い物を済ませた人が多かったのだろうと思う。ジャガイモが無くなったのでジャガイモを、安くなっていた茄子を購入。我が家で最近たよりっぱなしの柚子みそを買う。

春になったころ、父の会に入ってきた人が挨拶で家で作った柚子みそを中くらいのジャーに一杯くれたのだ。それがおいしいし便利だしで、おかずを後一品が面倒な時、便利に使っていた。その後、くせになり、お店で柚子みそを購入して、あと一品に便利に使っている。我が家に柚子が生えていれば!と思うけれど、我が家には鬼柚子しか生えていない。

食べられる実がなる木はいいねえ。と思う。そういえば鴨がいる川の中州や岸には桑がたくさん生えていて、今は桑の実シーズン。鳥たちが大喜びで食べている。その実を食べた鳥が運んだ種のせいか、その川の近くの家にも桑が生えている。フルーツが取れる木かあ。いいなあ。

仕事で会う人で親切な人がいて、その人はレモンの木を育てているという。一度なった実をもらったことがあり、それでレモンジャムチキンを作ったことがある。とってもおいしかった。いいレモンだった。いいなあ。

我が家の実がならない槇の木は巨大になりすぎていて、困りもの。一度、上から三分の一ぐらい大胆に、ちょっきんと切ったのだけれど、それでも大きい。再度植木屋さんに来てもらって、さらに小さく切ってしまうということに決まった。大きい木は世話ができない。小さい木がいいのに、なぜこんな大きな木を植えたのだろう。と思う。私が植えたわけではないので、見ていて、大きくなる木は植えない方がいいな、と思う教訓にしている。木は植木以外は持たないようにしている。植木も鉢を大きくしないように。と。それでも毎年、じりじりと大きくなってしまうものだけれど。木は用心用心と思っているので、上記の山梔子を少し後悔していたのだ。自制心を失い樹木を購入と。高い木にはならない種類ではある。育てるならば草だけ。それもなるべく数を増やさないようにしなければ。

そう思いつつ、料理に使いたいので、タイムの種を撒いてしまった。遠慮して袋の三分の一ぐらい。小さな芽が出てきたので、なるべくこれもあまり増えないように気を付けて、でも、無くならないようにも気を付けて育てようと思う。