富山

私は単純だなと思う。

日本橋へ行ったついでに富山のアンテナショップに行った。

ブリの照り焼きでも食べようかなあと思って行ってぶりの照焼を食べた。その時アンテナショップの入り口に立っていた人や案内をしてくれた人たちがニコニコしていてとても柔らかい感じだったので、つい、次にどこかへ行くなら富山に行ってみようかなあと思っている。普段あまり人にニコニコされないからか?その時見たニコニコ顔に、つい富山はいいところのような気がしているのだ。全く頼りにならないと自分でも思う。

とにかく、どこかへ遊びに行くときのきっかけなどは、特に何かしら「これを見に行こう」というようなものがなければ、そんな些細なものであることが多い。

まんまと宣伝が届く人がとにかくここに居たのだ。ばっちり宣伝されてしまった。

旅行に行った先の印象は海外でも国内でも、偶然会ったその場に居た人の印象で随分違うものになることが多い。お店なんかでも、特にレストランなどでもそうだなと思う。そのお店がいいお店かどうか、は売っている品物や値段のバランスなどもそうだけれど、雰囲気といったものは施設の作りだけでなく、そこにいる人の雰囲気に大きく左右されると思う。とにかく、単純な私は「富山いいところ」みたいな感覚に陥っているのだ。危ない。

前からちょっと行ってみようかなと思ったことはあって、少し調べてあったことはあった。コロナ騒ぎでなかなか旅行には行けないので、旅行に関しては、もし行けるとしたらと思って適当に計画だけ作っておくということが多い。どこに行くにしてもシーズンによって、コースは違う。富山の気候についてはまだ良くわからないけれど、例えば北国などは冬に行くのか、まだ暖かい時期に行くのかで行動は全く違う。なので冬用、秋用、夏用、春用と考えることもある。梅雨の季節でもいいかなあと思うところもあったり、秋は最近台風シーズンが長いので、なかなか作れないななど思ったりして、旅の計画をなんとなく考えるのはとても楽しい。

富山、といっても広い。富山駅付近の街を観光するのか、立山のような山を堪能するのか、黒部のほうへ行くのか、海を堪能するのか、など選択肢は色々。ここへ行くと、こっちは行けないなあなど考えているとなかなかまとまらなくてそこが楽しい。

BSで妄想旅行の番組があってたまに見るけれど、ああいうふうに、どこへ行こう、こうやってこうやって、ここに行って、と考えるのはとても楽しい。

行ってみると、うまく行けなかったり、時間が足りなくて行こうと思っていたところの半分も行けなかったり、行ってみたらがっかりしたりということも多いけれど、例え行った場所へがっかりしたり期待はずれだったとしても、旅の思い出は大体は「楽しかったな」と思う物が多い。遊びに行くのだから、楽しいのは当然かもしれないけれど。

とにかくこのところ、富山について考えている。どこに行こうかなあ。何しようかなあ。いつ行けるとはわからないけれど、頭の中で考えているととても楽しい。