久しぶりに、仕事帰りに少し遠回りして、柳橋の骨董のお店へ行った。
揃いではなく半端な数になった食器類を売るという。私はどちらかというとそのほうが嬉しいので見に行く。一人で使うのでお皿や湯呑、お椀は1つでいいのだ。予備に2客あればいいかなとは思うけれど、仕舞う場所がないので仕方なく、何でも1つずつ。
初日だったのだけれど、まだ品物をそれほど出していないような雰囲気。さっと見て、私が使わなそうな器にちょっと心惹かれるものがあったけれど、使わなそうなので諦める。1つの部屋に漆器類がおいてあって、その中で箱付きの銘々皿を買った。
箱付きである必要はなく、5つ揃いなので、上のような理由でどうしようかな、と思ったのだけれど、普段使いにちょうど良さそうな、感じの良い、ちょっと古ぼけて入るものの(だからこそ高くないのだろう)、手ずれしているようなものだけれど、やっぱり感じが良いので、こんな感じの良いものは新しく買うこともできないだろうと思って買う。
箱に興味がなかったので、家ではこの表を見てみたら「象彦」のものでした。なるほど感じが良いわけだ。象彦の「今様」のものは好きではないけれど、やっぱりいい店なのだなと思う。もちろん、ちゃんと注文されるものはすごいのを作っているのだろうけれど、ネットサイトで出ていたり、百貨店の棚に並んでいる普通に見られる象彦はそれほど好きではないという印象を持っていた(私が目にしないところにある品はすごく素敵なのだろうなとは思っている。想像だけれど。)。象彦のすごく素敵な漆器を美術館で見たことがある。それはすごく好きで、感激したので、象彦は好きだけれど、好きでないのかなあと迷っていた。もちろん、今回私が買ったのはもともとすごく高価なものではなく(蒔絵がすごいものではない)、普通の、普段の銘々皿だけれど、ちょっと気が利いているようなモダンな雰囲気のあるものだ。昭和早い時期のものなのだろうか・・・といった雰囲気。今でもこういう感じのものを作ったらよろこばれそうなのに。と思う。とにかく私はやっぱり象彦が好きではあるんだな、と思う。そしてちょっと昔の落ち着いた、懐かしいようなものが好きなのだなと思う。
駅から降りて隅田川の近くへ。
そういえば水天宮を夜歩いていたら、「隅田川はどっちですか?」と急に聞かれたことがあったっけ。と思い出す。随分前の話だ。その日は長唄の囃子研究会を聞きに行ったのだ。その頃、長唄の囃子を習っていて真面目に先生が出る研究会を聞きに行っていた。でも、私の頑張る気持ちは全然通じず、きっとこのままやっても、もちろん盃はもらえないよね、と思ってその後能楽へ変更してしまったのだった。もちろん能楽に変更してもやっぱり私のもっとやりたい、頑張りたい、形にしたいという気持ちは周りには通じないのだけれど。
「隅田川はどっちですか?」と聞いた女性はちゃんと隅田川へ行けただろうか。真っ暗な夜道を道に迷っていたその人のランドマークは隅田川だったんだな。と思う。それで自分がどっちを向いているか判断したかったのだろう。
いつも自分はぽろっと外れてしまう。仲間はずれというよりは仲間にすら入れない。頑張っている横で、知らない間に、するっとみんなはそれぞれの手続を終えてしまう。そんなことを考えながら新しいお皿をさげてまた駅へ向かった。
柳橋を歩くのは本当に久しぶりだと思った。